※互いに結ばれる山上古墳

※オレンジの円が山上古墳
古墳を通る鉛筆線が、他の古墳と結ばれている様子を表す
古墳は一位ヶ岳、天井ヶ岳、勇山の三山に股がって造設されており、その数は今わかっているだけで48基ある
直線は3~4基の古墳を結んでおり、中には3ポイントの古墳が直角三角形を成す形で結ばれているものもある
おそらく、直線や直角は血縁を表しているのであろう
中でも、湯の華観音塚を起点とする直線は、堂守家の古墓、日幡神社裏の祠、2基の古墳を結んでおり、その直線が古代の北を指す設計になっていることには驚く
AIは、山上古墳を山岳信仰の祭祀場と捉える
一の俣の里が古代山岳信仰ネットワークのセンターであり、一位ヶ岳が信仰対象本体(祖霊)と考えるらしい
つまり48基の祭祀場は、一位ヶ岳本祭祀場に対して副祭祀場と捉えるのである
しかし現時点で山上古墳(祭祀場)の1つが、湯の華観音塚脇の古墓地→堂守家墓地→山上古墳と直線上に並ぶことが判り、やはり古墳の可能性は残る
また、観音塚の東の狐塚を起点とする「山上古墳の直角三角形」が複数あることも、古墳説を補強する
果たしていずれなのかは、今後の研究課題でもある
そして、一位ヶ岳に関して新情報を得ることが出来た
湯の華観音の表鬼門に当たる場所にかつてあった客神社(今は日幡神社に合祀)の場所を確認するため地元住民(Oさん)を訪ねて、想定していた場所に社跡を見つけた
Oさんによれば、少年の頃に一位ヶ岳山頂付近で長さ3メートルの石柱を数本見た記憶があるとの話である
一番欲しかった情報を思わず得たことに驚いた
話によれば、石柱の数は2本以上はあったという
手振り口振りから、情報はほぼ間違い無い
またOさんは、「一位ヶ岳の社の石になった棟梁」の郷土昔話しをも知っていた
更に、日幡神社の天井裏に即身成仏ミイラらしき物が置いてある話も知っていた
日幡神社にも行って見なければならない
尚、一位ヶ岳隣の勇山山頂には特にそれらしき加工物は見て無いらしい
一位ヶ岳祭祀場説が確定的になった瞬間である

※客神社跡ら(欅の木切り株が中心)
